"Dona nobis pacem"とは、ラテン語で英訳すると"Give us peace"
日本語では「平和を我らに」だろうか?
そして、"Dona nobis pacem"とはローマ・カトリック教会のミサ曲を構成する楽章の一部であった"Agnus Dei"(同じくラテン語で英訳すると"Lamb of God"つまり「イエス」のこと)の元々一環であったが、それをJ.S.バッハがミサ曲 ロ短調 (BWV 232) の最終楽曲として独立させた楽曲のタイトルでもある。
「平和を我らに」
原爆記念日である今日、
私達日本人にとってこれほど切実に冀求すべきスローガンは他に考え及ばない。
しかし、現実はどうだろうか?
"Freeze Nukes"「核廃絶」, "Total Disarmament"「完全武装解除」などと言う言葉が空虚な絵空事と成り果ててしまっているこの現況を憂い、知恵を持って「平和を我らに」と世界へ対して絶対平和を訴え続けなければならないのは唯一の被爆国である私達日本人であることは間違いない。
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"Dona nobis pacem"
みかんの花咲く丘
みかんの花咲く丘「みかんの花が 咲いている 想い出の道 丘の道」(作詞 加藤省吾 作曲 海沼実)は私の祖母が、私が父の実家がある和歌山県有田市を子供の時に訪れた際よく口ずさんでいた詩でした。父の実家を5月17日に訪れた際、辺り一面に蜜柑の花の香りが立ち込めていました。
父が亡くなった後、一時はその有田市に残っている蜜柑畑を管理者がいないため維持できないという理由で放置していたのですが、とある切っ掛けで「日本の荒れた里山を再生させよう」と言うコンセプトで活躍されているNPO法人である里山倶楽部の代表O氏と知り合い、里山倶楽部の協力を得て再び蜜柑畑を始めることになり約一年が経ちます。

この日は、カラー(写真右は収穫したカラー)という名前の雑蜜(実際には、この様な名前の種類は存在しない。以前管理していた方が違う品種を接ぎ木した事により出来た品種で、名前を適当に付けたと思われる。)の収穫、防風林の剪定と剪定した木をチップ化し畑に敷き詰める作業、そして、畑の際目にある石垣を猪が壊しそれを修復してくれとの要望が石垣の下で農業を営んでいる方よりあったためそれに対応するために我が家の男手を引き連れて現地に赴いたのでした。
里山倶楽部(写真左はきこりを趣味とされている里山倶楽部のI氏。本職はプログラマー京都在住。「きこり歴11年お陰で社内のメタボ検診にもかかりませんよ」との談。見事なチェーンソー捌き!!)の活動は、里山の再生だけに限らず、後継者のいない田畑の維持管理なども対応されているのですが、猪問題はそれらの田畑でどこも深刻な悩みであるとの事です。環境の変化により山中の餌が減り人里へ出没し農作物に被害をもたらすという事がより多くなっているようです。
何れにしても、まずは、下の畑に落下した50kg近くの石を約20個ほど4m程ある石垣の上へ引き上げる作業を行いましたが、お陰でその後一週間筋肉痛は取れませんでした。その後、前出のカラー収穫と防風林の剪定と剪定した木をチップ化し畑に敷き詰める作業を汗ばむ陽気の中行いました。(写真右はグロッキー気味の我が家男手)
ゴールデンウィークあれこれ → 平成20年5月6日
GW最終日。気合いを入れて朝4時起き。琵琶湖へと向かう。いつもは、琵琶湖大橋辺りでくすぶっていたので、その日は前日にWEBで下調べをして石田川下流域にスポットを絞り込んだ。現場に到着したのは、朝6時ぐらいだっただろうか?眩しい朝日の中、石田川の上を鳥が気持ちよさそうに飛行していた。かなり早く到着したつもりだったが、ウェーダーを装着したアングラー達が既にバスを狙っていた。流石名だたるスポットだけ有り魚影は濃い。しかし、同時に魚たちのスレ具合も半端ではない。見えバス達は彼らが見えるその方向へ顔を向けただけで、水底の見えない場所へ潜ってしまう。時間が過ぎて、石田川北側にある漁港は、いつの間にか釣り堀状態となる。それだけ人がいたにもかかわらず、まともなバスをゲットしたのはいかにも見た目にベテランという感じのアングラー1名のみ。
釣果はともかくこの石田川漁港のすぐ北側には幅が1メートルぐらいの川があり、その川の透明度には感動しました。その川から琵琶湖へ無数の鮎たちが下り、気持ちよさそうに群れをなして縦横無尽泳いでいました。

この様な、美しい環境の中で微睡みたいなと、後ろ髪を引かれながら釣果を求めて場所を移動。
あまりのバスのスレ具合に辟易としたため水の透明度の低い近くの野池へ。思惑通り20cm程の小バスを何匹かゲット。恥ずかしながら、本日の自分の釣果はこの小バスのみとなる。一緒に同行した次男は同じサイズのバスを5匹ほどゲットする。
サイズには満足できなかったが、そこそこの数を釣ったのでバス釣りはココで一段落。

次に向かったのはびわ湖バレイでした。そんなに期待はしていなかったのですが、30万本植えたと言う水仙の花達は想像を絶する美しさでした。この日は、熱いぐらいの陽気でしたが標高1100mなので心地好いことこの上ありませんでした。蓬莱山迄の道のりはかなりの勾配でしたが、難なく登ることが出来ました。
そして、ここでも結局ホッコリする間なくさらなる釣果を求めて移動。
ゴールデンウィークあれこれ → 平成20年5月4日
思い返して見れば、私の人生の中において犬の存在は欠かす事の出来ないものです。私自身は記憶していませんが、家族のものの話によるとその昔私は当時飼っていたイングリッシュ・コッカー・スパニエルにやった残飯を一緒に食べていたとのことですから、犬へ対しての仲間意識は並大抵でないことが窺い知れます。「三つ子の魂百まで」とは好く言ったもので、今でも犬へ対しての想いは何ら変わりませんし犬が喜んでいる表情を見るのが好きです。(写真左は愛犬キャンディー)

5月4日は、いつもお世話になっている"Dog Life • support"のお店CoCo cheerio「ココ・チェリオ」へ愛犬キャンディーの爪の手入れへ行きました。この「ココチェリオ」は、ペットの宿泊も対応しており、この日はちょうどGWで旅行などに行った家族の犬たちが一堂に会するという状況下にありました。

店主のKさんもいつもは犬談義にお付き合い戴くのですが、この日ばかりは宿泊の犬の散歩でてんやわんやでした。そこで、宿泊中の犬たちの表情を撮影することにしたのですが、犬の撮影は困難を極めます。何と言っても人と違って、「はいポーズお願いします。」とか、「笑ってくださーい」とか言っても犬たちにはなかなか通じません。そんな中、撮影に応じてくれたのが柴犬の「こゆきちゃん」(写真右)とジャック・ラッセル・テリア(写真左名前は不明)でした。

そして、爪をキレイにしてもらったキャンディーと犬の社交場である芦屋川下流へ赴くと、そこには、多種多様の犬たちが人と戯れていました。そんな中で一際目をひいたのはアイリッシュセッターでした。残念ながら、あまりに動きが活発なのでカメラに納めることは出来ませんでしたが、その運動量は相当なものでした。この日の元気ナンバーワン犬間違いなしです。そのアグレッシブとも言える行動とは裏腹な温厚で人懐っこい表情がとても印象的でした。
この日の最後に出会った犬はシベリアンハスキー(写真右)でした。不思議なバイアイを持つシベリアンハスキー。もう夕暮れ近い薄暗い中恰もデビット・ボウイの如くその目を光らせていました。
この日、何と60匹以上の犬と出会うことが出来犬三昧の一日を過ごすことが出来ました。
ゴールデンウィークあれこれ → 平成20年5月3日
四月までのプロジェクトも何とか一段落。このゴールデンウィークはとにかく良く歩きました。まずは5月3日に近場の城山へ散策。(写真左は城山頂上から撮った眩しい新緑です)頂上への道中で見つけたのは、今年の1月19日にエントリーで紹介した「ヤマツツジ」でした。本当は今頃開花する筈のものなのですね。
極寒の中一輪だけ咲く「ヤマツツジ」は、得も言えぬ説得力がありましたが、今回見た「ヤマツツジ」は本来の慎ましやかな艶やかさを放っていました。(写真右は「ヤマツツジ」)

幼少の頃から何回登ったかわからない城山ですが、頂上へ向かうルート下山するルートは刻一刻と変化してきています。特に高座の滝へ向かう下山ルートは阪神大震災の影響(崖崩れ)でその道は以前のような歩きやすさはなくなってしまいました。今回初めて試みた新しい下山ルートはその昔は存在しなかった頂上から芦屋川上流へ抜ける勾配が非常に急なルートです。頂上から鷹尾山方面へ向かって少し歩いた右手にあります

恐らく送電のための鉄塔をメンテナンスするために作られたそのルートは人為的に作られた階段があるにはあるのですが、あまりに急な勾配が長く続くため下山した頃には膝が笑って止まりませんでした。また、一緒に行った足の短い愛犬キャンディーは階段を下りると言うよりは転がるように山を下りていきました。このルートを登れば足腰強化につながること請け合いです。今度又の機会にチャレンジしてみたいと思います。
