先日11月1日は芦屋市総合公園にて開催された「芦屋市障害者とのふれあい市民運動会」へ所属している芦屋東ライオンズクラブのメンバーとしてボランティア活動を行いました。
今回の参加は、来年から正式に活動を行うための準備としての参加でした。
スポーツは良いです。身体を動かすことにより、何事にもポジティブになれるという感覚は今だ身体に染みついています。しかしながら、仕事にかまけて、日頃中々機会を持つことが出来ないことが残念です。
このイベントを体験して、より一層もっとスポーツを体験する機会を色々な場で増やしたいと思った次第です。
この日ボランティアとして参加した皆さんの奮闘記はこちらから御覧下さい。
Archive for the ‘general’ Category
芦屋市障害者とのふれあい市民運動会
多忙なありがたい日々
いやいや、ありがとうございます。人と人の縁というのはけったいなもんで、従って自分自身もけったいな存在やなぁ(汗
と、自覚せざるを得ない日々でございます。
さて第一弾は、先日10月28日に開催されました株式会社充理塾 代表取締役塾長の阪田様および中華ビストロ 吉芳さんのコラボレーションによって実現したワインテイスティングの会、伽尚倶楽部第一回目の集いです。非常に文化レベルの高い有意義な時間を御陰様で過ごす事が出来ました。
伽尚倶楽部第一回目の様子はこちらからご覧下さい。
第二弾は、奇しくもハロウィーンの日に、これまた約30年ぶりに開催された甲南中学高校の水泳部OB会であるところの第二回南水会でした。
ほぼ毎日、この男くさい面々に囲まれて中学高校6年間過ごしたのだなと。それによって鍛えられた心身が辛うじてここに今を生きる糧となっていると改めて感謝をした素晴らしい一時となりました。残念ながら、第一回目には参加させていただけませんでしたが、今回より参加させていただき本当に良かったと考えております。皆様今後共々何卒宜しくお願い致します。
第二回南水会の様子はこちらからご覧下さい。
はい。第三弾です。第二回南水会の後、超地元のBlue Miceさんに於いて開催された、こちらは本物のハロウィーンパーティに参加。駆けつけた時間が遅かった事もあり、クライマックスは逃してしまったようで非常に残念でしたが、店長による清志郎はその思い入れの強さもあり鬼気迫るものがありました。
ハロウィーンパーティ アット ブルー マイスの様子はこちらからご覧下さい。
あと、ちゃんとした写真を撮影できなかったので蛇足になってしまいますが、Caboのメンバーが今年最後のライブを来る12月12日に行う事となった大阪北新地のBar KIWAにて「日経大人のバンド大賞」予選大会後初顔合わせを行いました。ちゃんと写真撮れていませんが、この時のミーティングの趣旨には合った絵になっているのではと一人で思ったりしています。(突っ込み大歓迎)
Caboミーティング アット Bar KIWA
と、言う訳で駆け足にて近況をご報告させていただきましたぁー
卓球大会 Are you ping pong!?
卓球大会が行われました。奇しくもそれは、今やっている仕事の一区切りとしてとても大切なタイミングで行われました。
卓球と、いうスポーツから皆さんは何を連想するのでしょう?私にとっての卓球は、中学・高校生の時に体育の時間が雨の際、ほぼ100%卓球をしていた事が鮮烈に頭に残っています。いつも始まる前は、皆口を揃えて「ショー」(訳すると、その当時の私達の勝手なスラングで、「しょうもなー」を省略したものでした。今的なニュアンスで言うと「うざー」ってな感じっすかね?)と、言っときながら、終わってみるとそこはかとなく和気藹藹としてしまう何とも摩訶不思議なものでした。
そして、実は私にはもう一つの卓球の鮮明な印象があります。いつの事だったかは定かではありませんが、家でゴロゴロしながらテレビの民放で放映されていた「卓球温泉」という映画を見るともなく見ていたらぐいぐいその物語の構成に引き込まれて行き、結局は「そう、そうなんだよね…」と、呟いていたと言うこれまた一風変わった感動を与えてくれました。おそらく、10年以上その映画を見ていませんし、しかも、一回きりしか見ていません。しかし、松坂慶子氏のその映画における一番の佳境での科白を今だその内容を覚えています。うろ覚えなのですが、こんな感じだったと思います。「卓球は、ラリーを続けるから楽しいの。ラリーが続くからお互いの心が通うんですよ。スマッシュは駄目。なぜってそこで続かなくなってしまうでしょ。そうすると心が通わなくなってしまうのです。」こんな感じだったと思います。
今回の卓球大会は、毎日机を並べて仕事をしている福建省福州から日本へ来て1年のプログラマーLさんが参加してくれました。彼は、学生時代に卓球をやっておりクラスの代表に選ばれた程の実力者という事だったので、どんな卓球をするか興味津々だったのですが、やはり最初はラリーを続ける事を重要視されているようでした。
必殺のスマッシュはいざという時に備えて、日頃はラリーを続けるという気持ちを大切にしたいと、そんな事を漠然と考えつつ楽しいひとときを過ごす事が出来ました。
皆さんおつかれさまでした。
20091003@Kobe 同窓会
定期的に行われてはいますが、仕事の都合上出られないことが多い同窓会に久々に出席してきました。
今回の同窓会は10月3日神戸のミュンヘンにて行われました。
皆、色々なものを抱えているんだなと、実感した同窓会でした。この年になると色々と故障しても仕方がないことですが、人によってはとてつもなく重たいものを引きずっている者もいるわけです。
「色々人と人との関係が複雑に交錯して、誰がどうだとか、あいつがどうだとかあったけど、こうして時間を経て集まった同級生を見ていると、そう言った分け隔てみたいなものは全くないなぁ…」
と、極めて最近自らでは、そのようになってしまった事に対してどうすることも出来ない(もちろん彼は今後対応していくわけですが)事についての宣告を受けた彼は言っていました。
人生謂われのない非難を受けたり、人に対して謂われのない非難をしたり、そんな事の繰り返しですが、時間を経て客観的に見るとその様なことは全て無常であると、言う領域に近いことを彼は述べていました。
彼が背負う重たいものを考えれば、上手く理解してもらえないことや、何故こんな風に扱われなければならないだろうと理不尽に感じるようなことも、ただ真摯に対応するのみだとそんな謙虚な気持にならざるを得ませんでした。
そして、人生の半分以上はほぼ確実に来てしまっているこれから後の時間を出来るだけ人に対しての怒りや、妬みや、憎悪から自分自身を解放する方法だけを考え、実践する事が大事だと教えてくれたその同級生に感謝すると同時に、私にとって同窓会という会の存在意義を再認識する良い機会と今回の同窓会はなりました。
あらゆる尊厳は考えると言うことにある
「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦に過ぎない。しかしそれは考える葦である。」
-パスカル
確かに、我々が立ち上がらなければならないのは「考える」というところからかも知れません。同じく、パスカルが主張している「だから我々のあらゆる尊厳は考えると言うことにある。」に関しても、なるほどごもっともと、共感を覚えます。
ユダヤ教徒とキリスト教徒という古い笑い話があります。それは、次のような内容です。
キリスト教徒が、ユダヤ教徒の出したややこしい微妙な問題に答えているうちに、相手の禿頭をぴしゃりと音のするほど掌で叩き、今の音は何から出たか?掌からからか?それとも禿頭からか?と質問をし出したという話です。この様にして信仰を巡る議論が、新しい解決不可能な問題に取って代わられたと言うどこかに既視感を覚えるものです。
考えるに、人々の議論とはこの例えにも在る如く、往々にして縁もゆかりもない様々な対象にすっかり取って代わられてしまうものです。
その様なことに悉く心を痛めていては幾ら身体があっても足りません。
理解出来るのは解決不可能な取るに足らない問題に足を突っ込んで居ても埒が明かないと言う事です。
「然るべき問題点を解決し、改善していく事により、より質の高い領域に到達する。」この様に肯定的な生産性にしか興味を覚えなくなってきたと感じる今日この頃です。
先日CABO三年目の活動エピローグになると思っていた(実は違ったぁ〜 その件に関しては別の機会に…)9月19日神戸Varitに於けるライブでのWith Or Without Youの演奏と昨年(約一年前)芦屋レフトアローンで演奏したWith Or Without Youを比較してそんな事を確信しました。
